京都大学大学院情報学研究科 新津研究室

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研究内容 (Research Topics)

1.はじめに

私たちの日々の情報社会を下支えしている技術の一つが、半導体集積回路です。半導体集積回路は、あらゆる分野において活用され、無くてはならない戦略物資となっています。半導体集積回路が発明された当初は、半導体を設計・開発できるのは、大規模な半導体製造工場を有するごく一部の大企業のみでしたが、現在は水平分業がすすみ、工場を持たなくても設計・開発が可能となっています。

例えば、米アップル社が販売するiPhoneやiPad、Macbookに使われている半導体集積回路の中で、演算(コンピューティング)や画像処理、AI機能を担うアプリケーションプロセッサ(iPhoneではAシリーズプロセッサ、MacbookではMシリーズプロセッサなど)は、米アップル社自身が設計を行い、製造は台湾TSMC (Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)社が行っています。このような、設計と製造を水平分業するビジネスモデルは、ファウンドリ・ファブレスモデルと呼ばれ、昨今の半導体集積回路産業において主流となっています。

ファウンドリ・ファブレスモデルにおいては、代表的なファウンドリ企業・ファブレス企業があります。ファウンドリについては台湾TSMC社、米Globalfoundries社、中国SMIC社、台湾UMC社などがあり、日本国内においても、Rapidus社などにおいて研究開発が行われています。一方、ファブレス企業については、先述の米アップル社、GPUで有名な米NVIDIA社、Android搭載スマートフォンで有名な米Qualcomm社などが挙げられます。1社のみでファウンドリ機能(製造)もファブレス機能(設計)も両方有する企業、いわゆる垂直統合型の半導体企業は、PC向けプロセッサで有名な米Intel社、韓国Samsung社、NANDフラッシュメモリを開発する日本・キオクシア社などが挙げられます。

このようなファウンドリ・ファブレスモデルが普及した中で、半導体集積回路設計研究において大学に大きなチャンスが巡ってきました。大学の1研究室ですと人数も研究開発費でも限られておりますが、小規模な試作であれば実施が可能となっています。

私どもの研究室では、目指す社会像を想定し自らアプリケーションを開拓し、それを可能にする低電力・小型・高速動作半導体集積回路設計技術を確立して、実集積回路システムまでを開発することを目指して研究開発を行っています。

2.低電力・小型半導体集積回路の設計・開発とそのバイオ・医療IoT応用

半導体集積回路の低電力・小型という特長を活かして、高エネルギー効率大規模半導体集積回路設計技術の研究開発とその応用開拓を行っています。

半導体集積回路システムの低消費電力化に貢献し、さらにその性能を活かして新たなアプリケーションを開拓する発電センシング一体型集積センサシステムの開発を行いました。誘導結合通信と時間分解能回路の導入により世界最低電圧のバイオセンサ集積回路を実現し、世界初のバイオ発電素子を用いた電力自立バイオセンサを実現しました。バイオ発電素子の出力を電源とセンシング信号に活用する発電センシング一体型集積センサ技術を提案し、糖尿病医療への貢献につながる低負担の持続血糖モニタリングの基盤技術を確立しました。

発電センシング一体型集積センサは、“バイオ発電素子を電力供給源並びにセンシングトランスデューサとして一体的に活用する”  技術です。センサを駆動するために必須であったバイアス電圧供給回路が不要となり、飛躍的な低コスト化・低消費電力化が可能となりました。さらに、糖尿病医療・予防に貢献するコンタクトレンズ型持続血糖モニタリング装置の開発に世界で初めて成功しました。グーグル関連会社の従来装置は、無線電力伝送を用いていたために電力供給用メガネ端末が必須でしたが、開発した発電センシング一体型集積センサシステム技術により、単独動作可能・電力自立化が可能となりました。半導体集積回路製造プロセスで製造可能な糖発電素子 製造技術を提案し、0.6mm角と世界最小サイズの糖発電素子の開発に成功しました。サイズ0.385mm角・電源電圧0.165V・消費電力0.27nWの1mm角以下のサイズとしては世界最小電力の無線送信機集積回路の開発に成功しました。これらを融合し、世界で初めてメガネ型端末不要のコンタクトレンズ型持続血糖モニタリングの実証に成功しました。

半導体集積回路システム全体の高エネルギー効率化に向けたエネルギー・データ地産地消IoTシステムの開発を行いました。IoTシステムにおいて、エネルギー効率を左右するのが、エネルギーとデータの伝送です。エネルギーの伝送においては無線電力伝送を、データの伝送においては無線通信が活用されますが、集積回路システム内での伝送に比べると、エネルギー効率が悪いという課題があります。そこで、エネルギー・データをその場で生成/活用するエネルギー・データの地産地消方式によるIoTシステムの開発に取り組みました。世界最小クラスの糖発電素子とサブ平方ミリサイズで超低消費電力のセンシング・LED駆動集積回路技術、室内光で発電可能な集積回路上太陽光発電素子を開発し、それら3つを融合した集積回路システムを搭載したコンタクトレンズを試作しました。

さらに、糖尿病患者の方々の無自覚性低血糖を未然に防ぐための、機械学習を用いた低血糖警告技術を開発しました。これらにより、外部機器や電波を必要とせずコンタクトレンズ単独での持続血糖モニタリングと低血糖警告を可能としました。

3.高速動作を活かした非侵襲・早期がん診断を行う半導体集積回路の開発

低侵襲がん治療向け半導体集積回路システムを提案しました。1024×1024画素・3.6μm×4.45μmピッチと世界最高密度のバイオセンサ回路を実現し、がん細胞(子宮頸がん細胞)のカウンティングに成功しました。従来用いられていなかった無電解金メッキ技術を集積回路上の電極形成に活用し、1.2μm×2.05μmと世界最小サイズの集積回路上金電極形成に成功しました。電極形成技術と電流検出回路技術と融合することで集積回路上でのがん細胞検出技術を実現している。さらに本技術を発展させ、集積回路上ミリ波帯ネットワークアナライザと伝送線路を用いて低消費電力にCTC(抹消血浮遊がん細胞)ならびにエクソソームを検出する集積回路技術の開発に世界で初めて成功しました。グルコースのミリ波帯における伝搬特性の濃度依存性を用いた非侵襲血糖モニタリングについても開発を行い、世界で初めて耳装着型非侵襲血糖モニタリング集積回路の実証に成功しました。

参考文献

集積システム工学講座WEBページ: https://vlsi.cce.i.kyoto-u.ac.jp/

新津研究室WEBページ: http://id-lab.jp/

個人WEBページ: https://www.niitsulab.info/

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